0から100万円貯める、節約サバイバルガイド 

 例えばあなたがたった一人で、どこか深い山の奥に置き去りにされたと考えてみて欲しい。あなたは着の身着のままで、このまま闇雲に歩き続けたらおそらく助からない。そう気づいたときについて想像してみて欲しい。

 そういうことが、人生にはある。僕は人生で何度かその状態に陥ったことがある。経営していた会社が破綻して大きな借金を抱えた時、人生を変えようと故郷を離れた時。そういう時は、いつもゼロから生活を作り直すことを求められた。

 それは二度と経験したいことではないけれど、貴重な経験ではあったと思う。それは、端的に言って「ゼロから100万円貯める」スキルを与えてくれた。人生は結構サバイバルなので、上手くサバイバルをやれると豊かな暮らしが出来る。

 昔、先輩経営者がこんなことを教えてくれた。

「0から100万円貯めるのは、1000万を1億にするより難しい。でも、やり方さえ覚えれば何度でも出来る」

 今思うと、あの人は「経営に失敗して何もかも失っても、何度でもやり直せる」と教えてくれていたのだと気づいたのは、僕が自分の会社をコカした後だったのだけれど。

 このサバイバルガイドは「生活に十分な余暇が生まれ、自然にその余剰が蓄積される状態を最速で作りあげる」ことをモットーとしている。人生を何度も破滅してきた僕が言うけれど、このスキルがあれば結構生き残れるし、それはそのまま人生を善くしていく能力になる。僕も、伊達に借金まみれの人生を生き延びて来たわけではないから。

1.火を熾(おこ)せ―象徴を手に入れろ

まず、なにはなくても生存に必要なもの。あなたは火を熾さなければいけない。人生がまずい方向に転がっていることはわかっている。しかし、毎日が何も変わらず過ぎていくという状態にあるあなたには、最初の火が足りない。

 あなたの手元に幾らのお金があるかはわからない。でも、僕が最初にお勧めしたいのは「ささやかで象徴的な行動から始める」ことだ。あなたが普段自炊をしない人なら、まずは「米を炊く」なんてのもいい。間違っても資格試験の参考書を買い込んで「今日から勉強するぞ」と意気込んではいけない。これは僕も間違ったのだけれど、人間はどん底の時にそんなことをしたらどんどん悪くなってしまう。

 あなたの家のトイレがあまり褒められた状態にないなら、ドラッグストアで掃除用具を買って帰るなんてのもいい。それをする気力もないなら、入浴剤を一つ買って帰って風呂に浸かるなんてのもいいラインだ。とにかく一つの火を熾さなければ何も始まらない。あなたにとって無理がなくて、あなたの生活を少し良くしてくれそうなささやかな行動一つ。まずはここから始めて欲しい。

 これは僕自身にも大いに覚えがあるのだけれど、人間はどうしても一発逆転を狙ってしまう。人生を善くしようと思うと、つい意識が高くなってしまう。人生に疲れていると、自己啓発セミナー12回20万円が魅力的に見えてしまうし、仮想通貨を買いたくなってしまう。気持ちは痛いほどわかる。でも、それで人生が良い方に変わった人間をあなたは見たことがあるだろうか。

 まずは、ささやかで象徴的な、あなたが「ここから人生を始めた」と思える行動一つを取って欲しい。小さなあなた自身の火を熾すことが、まず必要だ。間違っても「一発逆転」に飲み込まれてはいけない。

2.井戸を掘れ―生活投資を身につけろ

 お金がないと人は忙しい。社会というのは基本的に何をするのにも金がかかるように出来ている。金がないとなると、手間を取るしかない。しかし、生活にかかる手間が増えれば増えるほど人生を善くするための投資の時間は減る。人生に必要な余暇が十分に確保出来ていない状態で無理な努力をするのは、人生を潰してしまいかねない愚行だ。

 人類は余暇を創り出した分だけ進歩してきたと言っていい。例えば、魚をモリで突いて暮らしていた人が、網を作り出し簗をかけ、魚を干して保存するようになる。川まで水を汲みにいかなくて済むように井戸を掘る。毎日薪を拾い、火を熾さなくて良いように竈を作り、薪の貯蔵庫を建てる。そうやって余暇を少しずつ生み出して人間は進歩してきた。

 社会は「清貧」というのをとても好むから、貧乏人が風呂場で洗濯物を足踏み洗いしていると大喜びするし、食洗機を持っていると怒り始める。でも、実際のことを言えば、お金がない人ほど生活にかかる手間を少なくするべきだし、食洗機だってルンバだってドラム式洗濯機だって買うべきなのだ。それは、川まで水を汲みにいかなくて済むように井戸を掘るのと同じことだ。

 お金がないと「自分は貧乏なのだから、もっと手間をかけなければ」みたいな妄執に取りつかれることがよくある。でも、これは完全に間違いだ。あなたの人生を変えるには余暇が必要で、余暇を創り出すには生活の手間を減らすしかない。収入を増やすには運と風向きが必要だが、生活のコストは必ず減らせる。

 しかしこの生活コストの削減というのは実際のところ、やってみないとピンと来ない。例えば普段雑巾とホウキで掃除をしている人は、掃除機の便利さをなかなか想像できないだろう。そういうわけで、まずは食洗機を買ってみることを僕は推奨している。最近は小型のものも出ているし、ワンルームでも意外と置ける。一度味わってみないとこの便利さはわからない。

 そして、もう一つ。「生活のために投資をする」ということそれ自体も身に着けるべき大きなスキルだと理解すること。具体的に言うと、購入した家電の品質が悪かったり、あるいは実のところ必要なかったとしても、それは必要経費だと一定割り切ること。生活の利便性を上げる「投資」が100%上手くいくものであるわけがない。でも、投資はやらなきゃ身につかない。最高効率クリアをしたがるのは人間の悪い癖だ。大抵の物事は失敗しながら身に着けるものなのだから。

3.ベッドを作れ―快適さが命を守る

 これはあまり知られていないことだけれど、サバイバル生活において「ベッド」は必需品だ。固くて冷たい地面に寝た経験がある人ならわかるだろうけれど、あれは文字通り自殺行為だ。虫も這いあがってくるし、水も流れて来る。堅い地面は身体をひどく痛めつける。サバイバルにおいて快適さというものは「命を守るための必需品」だと思っていい。

 お金がない人生を送っていると、人はこの命に直結する「快適さ」をひどく安く見積もってしまう。社会も貧しい人が快適な暮らしをしていると怒り始めたりする。しかし、原始人だって必死にベッドを作って快適な寝床を確保していたのだ。体力が戻らず病んでしまえば人間は死ぬ、カネがないということはその危機により近いと言って間違いない。むしろ、快適さにはより気を配るべきなのだ。少しでも快適であるように心がけなければ、人間はたやすく病んでしまう。病よりコストを食うものは、人生にそうそうない。

 かつて僕が地元のスラムじみた街で暮らしていた時のこと。金はそれなりに稼ぐもののそれをすぐに使い切ってしまう生活をしている人間たちは、大体において快適さに欠ける暮らしをしていた。寝心地のいい布団は当然だし、生のパンを齧(かじ)るようなこともとてもよくない。きちんとトースターで焼いたパンにマーガリンを塗ることが、人間の命を守る。ストレスというのは自覚しにくいものだが、生活習慣には如実に現れる。あなたが望まない放蕩をしてしまうことに悩んでいるとしたら、それはあなたの生活があなたを蝕んでいる可能性が高い。

 「我慢」とか「根性が足りない」とか貧乏人を罵る人はたくさんいる。でも、僕の経験上これは大いに間違っている。「我慢や根性を普段から浪費しているから在庫切れしてしまっている」が経験則として正しい。あなたの生活を見直してみて欲しい、ささやかな投資で「我慢」や「根性」を使わなくて済む場所が山ほどあるはずだ。あなたが頑張れないのは、頑張らなくていいところで頑張っているからだ。暖かな寝床で眠り、健やかに目覚めるところからしか人生は始まらない。

4.娯楽を手に入れろ―楽しくないと人は死ぬ

 この文章は僕が見て来た人生を転げ落ちて行った人間たちの行動を完全に逆にしたものになっている。つまり、一発逆転を夢見て行動し、生活投資をせず、生活の快適さを軽視していると、人間はどんどん悪くなってしまう。しかし、それにも増して最も重要なものに「娯楽の確保」がある。

 貧困の中に沈んでいく人間たちの行動様式として定番なのが、「突然湯水の如く金を使う」というものだ。使い道になるものは実のところそう多くない、酒、バクチ、キャバクラやホストクラブ…最近はここにソシャゲ課金が加わるのかもしれないけれど、せいぜいがそんなものだ。そして、彼らの生活に類型的なのは「それしか楽しいことがない」ということだ。

 貧乏な人間ほどパチンコをしてしまうというのは実は理解しにくいことではない。パチンコはものすごくお金を食う娯楽ではあるけれど、実はエントリーに必要なコストは安いのだ。なんの練習も予備知識もいらず1万円も突っ込めば、あとはバクチの享楽を確実に味わうことができる。「1万円で誰でも確実に楽しめる遊び」と言われると僕も即座には思いつかない。読書家なら千円で本を一冊とコーヒー一杯で数時間楽しめるだろうが、これはとても大きな資産であるとすらいえる。

 つまり、意図して娯楽を手に入れるための投資をしないと、人間はエントリーコストの低い娯楽に引きずりこまれてしまうということ。例えば、生活が苦しいという人の家に10万円のギターが一本あったら、あるいはちょっとしたオーディオセットがあったらきっと世間は怒るだろう。「そんなもの売り飛ばせ」と炎上するかもしれない。でも、その人が月に何十時間かそれを楽しんでいるとしたら、それはむしろ「安い」出費だと言える。

 もちろん、娯楽にばかり出費していたら生活は破綻してしまうけれど、毎月一定の額を娯楽に使うと決めておくのは人生を守るとても大きな鍵になる。金がない時こそ、一定は遊ぶべきなのだ。それも、我慢の限界に達して噴き出すように遊ぶのではなく、娯楽費を定めて計画的に遊ぶことが必要だ。

 幸いに現代はいい時代だ。Amazon unlimitedがある。大量の本と音楽、映画やアニメまで見られる。金がないなら今すぐ加入しろと言ってしまっていいだろう。昭和の時代、「ちょっとジャズを聴きたい」と思ったらレコードを買ってプレイヤーを買って幾らかかったか考えると、これはとんでもない価値があると言っていい。それに飽き足らなければNetflixもある。他にもこういったサービスは山ほどある。それを楽しむためのちょっといいモニタやスピーカーが必要なら、それは最優先で購入していいのだ。

 人類は「遊ぶ」ことが最大の特徴で、人間の文化は全て「遊び」から生まれたと論じた人がいたけれど、少なくとも人間は遊ばないとだめになる。娯楽は、衣食住と並び立つ必需品だと考えておいて欲しい。そして、あなた持っている「娯楽」を数えてみて欲しい。それが思ったより少ないのなら、あなたはそれを増やす努力をしなければいけない。鹿の群れを追うような必死さで、あなたは娯楽を手に入れなければいけない。

5.生き残るために

 貧しさから抜け出せない人には、ある種の自罰性みたいなものがある。つまり、自分は快適な暮らしを「してはいけない」とでもいうような思い込み。人生を悪い方へ悪い方へ運んでしまうある種の習慣のようなものが存在しているように思えてならない。そして、何度も書いて来たとおり、世間の風潮というものはその悪しき習慣を後押しするところがある。「正しい貧乏人」でいようとしたら、人生は間違いなくどんどん悪くなる。

 でも、あなたは便利で快適で楽しい生活を送っていい。むしろ、便利で快適で楽しい生活を手に入れていないのに貯蓄をしようとか、努力をしようなんてことが間違っている。余剰は、生活の中から自然に生まれてこなければいけない。その状態を作り上げるために行うことこそ「努力」なのだ。あなたは今、あなたの人生をサバイバルしている。生き残るために行動している。あなたの人生はあなたのもので、あなたは快適な生活をして、幸福になる権利がある。それさえ忘れなければ、きっとあなたは大丈夫なんじゃないかな。

どうせ自分はまた人生をやらかして、どん底に落ちるんだろうなという確信が僕には正直言ってある。これまで何度も失敗してきたし、きっとまた失敗するだろうと思う。でも、次のどん底はそんなに怖くない。

やっていきましょう。

この文章を書いた人↓借金玉

1985年生まれ。診断はADHD(注意欠如・多動症)の発達障害者。幼少期から社会適応ができず、紆余曲折を経て早稲田大学を卒業後、金融機関に就職。まったく仕事ができず逃走した後、一発逆転を狙って起業。一時は調子に乗るも大失敗し、それから1年かけて「うつの底」を脱出。現在は営業マンとして働く。著書に『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』。
ブログ:発達障害就労日誌
Twitter:@syakkin_dama

イラストを描いた人↓ハルオサン

18歳で警察官をクビになり日雇い労働・特殊清掃・労働マルチなどをブラック企業を渡り歩き、仕事中の大怪我で体が不自由になったことからヤケクソでブログを書き始めたことで、漫画やコラムを書いて生計を立てるようになる。
ブログ:警察官クビになってからブログ
Twitter:@keikubi123